デス・オーバチュア
第270話「雪姫散華」




そこは永劫の闇の彼方。
上下もなく、どこまで行っても何もない、無窮の暗黒世界。
「暗黒領域(ダークゾーン)?……どこまで『跳んで』も何処にも着かない……」
暗黒世界にポツンと、白衣を羽織った赤い制服の少女……メディカルマスター『メディア』が浮いていた。
メディアは何度も何度も跳躍(瞬間移動)を繰り返しているが、出現する場所は変わらない。
いや、ちゃんと跳びたいと思った『距離』は『跳躍』できているはずなのだが、景色がまったく変わらないので、同じ場所の(一歩も進んでいない)ような錯覚を感じるのだ。
「…………」
今度でいったい何十回目の跳躍だろうか? ここが地上だったらとっくに世界を一周ぐらいしているかもしれない。
「あ……?」
暗黒世界に初めて変化が……初めて自分以外の存在をメディアは発見した。
女の子の亡骸。
九つぐらいの金髪の女の子が、暗黒の虚空を漂っている。
「先客?」
メディアは少女へと駈け寄った。
おそらく、自分と同じようにこの暗黒世界に放り込まれた者のだろう。
腰まである長い金髪は乱れ薄汚れ、元はシャツやスカートだった思われる黒い襤褸切(ぼろき)れが体に貼りついていた。
「……っ……ぇ……」
「えっ?」
メディアは己が耳疑う。
掠れるような微かな声……亡骸が喋ったのだ。
「生きてる!?」
「……ぇ……ぃ……ょ……ぅ……」
「栄養?」
メディアは亡骸……女の子の脈や心音を確認する。
「……心臓はやっぱり動いていない……いや、これはまさか……」
「ぇ……ぅ……」
一分間、心臓は一度も鼓動を発しなかった。
けれど、女の子は確かに『生きて』いる……。
「あ、脈打った……ということはやっぱり……」
数分後、一瞬一度だけ、心臓が脈打った。
「異常に遅いペース……一時間に十回ぐらいのペースで拍動(収縮運動)していると見た……」
あくまで知識としてだけだが、これと同じような症例をメディアは知っている。
「しかし、よくこれで生きているものね……」
「……ぃ……ょぅ……」
「ああ、栄養? お腹が空いているわけね……食べ物は持っていないけど、文字通り栄養の塊、栄養剤ならあるけどこれでいい?」
メディアは白衣の中に右手を入れると、数本の注射器を取り出した。
「直接全部打ち込んであげるわ、化け物さん」
悪戯っぽく笑うと、次々に栄養剤を女の子へと射ち込んでいく。
「……これで手持ちは全部よっ」
いくらメディアでも、普通の患者が相手だったらこんな過激過剰なこと(治療)はしない、相手を非常識な化け物と判断したからこその行為だった。
「…………」
「……ふむ?」
「……ふっ……ぷはああああああああああっ!」
「つっ!?」
女の子の全身から黄金の光輝が弾けるように放射され、メディアを弾き飛ばす。
「何よ、いったい……?」
爆発的な黄金の閃光が女の子の姿を覆い隠した。
「……ふう、助かったわ……後でちゃんとお礼するわね、通りすがりのお医者さん」
黄金の光輝がゆっくりと収束していき、光に覆い隠されていた女の子の姿が明らかにされていく。
姿を見せた女の子は少女へ……十四歳ぐらいの姿に成長していた。
黒い襤褸切れは、ミニスカートのように丈の短いワンピースと、オーバーニーソックスと、ロンググラブに変じている。
ワンピースは背中が殆ど全開で、襟が首にフィットした、上品で大人っぽいデザインをしていた。
瞳は冷たく鋭いアイスブルー(氷の青)、鮮やかな金髪は緩やかに波打ち腰まで伸びている。
「思った通り……いいえ、思った以上の化け物ね……」
「ちょっと……あたしみたいな可愛い子を捕まえて化け物はないでしょう?」
金髪の少女は、赤紫で縁取りされた純白のコートを羽織った。
純白のコートは彼女にはぶかぶかで、袖は指の付け根まで覆い隠し、裾は足首近くまである。
「普通の人間だったら、あんな状態で生き長らえることも、栄養剤を射っただけで即復活!……なんてふざけた真似もできないわよ……」
「そう? 一日の平均鼓動で一年を過ごす『仮死』や小型になって消費を減らすための『若返り』なんて、誰でもできる節約術じゃないの?」
「できるかっ! どこの超人よ、あなた……」
「あら、でも、若返りならあなたもできるでしょう、異能力者(エスパー)さん?」
「くっ……せめて超能力者(サイキッカー)って呼んで欲しいわね……」
神通力、異能力、超能力、どれも呼び方が違うだけで同じ力(モノ)だ。
魔力や闘気とは違う、極一部の人間だけが生まれ待つ特異な才能(力)である。
「別に呼び方なんて大した問題じゃないでしょう?」
金髪の少女は赤紫のリボンを二つ取り出すと、後ろ髪を左右で纏めて、肩下までのツインテールにした。
「さてと、それじゃ……」
顔の前に持ってきた右手をグッと握り締める。
「ん?」
「栄養剤のお礼はここから出してあげることでいいのかしら?」
金髪の少女は事も無げにそう言った。



「……っ……」
少女は微かに顔をしかめた。
波打つ銀髪、血のように赤い瞳、小柄で華奢な体つき。
タートルネックでノースリーブな白いシャツが水着のように胸を覆い、腹部は完全に露出され、腰には床に着く程長い白のパレオが巻きついていた。
「おい、どうかしたか?」
少女の後に立っていた、血のように赤い髪と瞳をした二十歳ぐらいの青年が声をかける。
「…………」
「けっ、俺様がせっかく心配してやったってのに無視かよ?」
青年は、赤いジャケット、黒シャツ、青いジーパンといった、とてもラフなファッションをしていた。
「…………」
「あん?」
銀髪の少女は、物凄い小声で微かに何事か呟く。
「逃がした? へっ、じゃあ、そいつもいずれ俺が始末してやるよ」
「…………」
「ああ? そいつにだけは手を出すなだ? このカイン様が敵わないとでも……」
「…………」
「そいつだけは自分が相手をしたいだ?……けっ、なら最初からそう言いやがれ!」
赤毛の青年は不快げに吐き捨てると、少女の横を通り過ぎて前へと歩き出した。
「…………」
少女は蚊の鳴くような声で青年を呼び止める。
「どこへ行くかだ? 散歩だよ、散歩。こんな所にてめえと二人きりじゃ息が詰まりそうなんでな」
「…………」
「安心しな、適当に気晴らししたら、ちゃんと帰ってきてやるからよ」
「…………」
赤毛の青年は、少女に背中を向けたまま手を振ると、『外』へと出ていった。



「ルー?」
すっかり留守番が板に付いてきた雪の魔王は、最初その気配を、この館の主である男のものと間違えた。
とても久しぶりの『来訪者』。
得体の知れない影の化け物以来の招かれざる客だ。
「人間、ここが誰の城か解った上での来訪かしら?」
フィノーラは、留守番(勝手に居候しているだけだが)としての役目を果たすべく、人間の小娘を自ら出迎える。
「ええ、ここはエンジェリック家の屋敷でしょう?」
ぶかぶかの白衣を羽織った金髪の小娘は、屋敷の中を『懐かしむ』ように見回しながら、フィノーラの問いに答えた。
「エンジェ……?」
「違うの? ルディ……ゴールディ・クリア・エンジェリックの……ああ、そうか! あなた、ルーファス、魔皇の方の関係者ね?」
金髪の小娘は解った(思い当たった)といった感じでポンと手を打つ。
「小娘! 人間の分際でその名を容易く口にするとは万死に値するわよ!」
フィノーラは九つの又(尾)を持つ白鞭を出現させるなり、金髪の小娘へと叩きつけた。
九つの尻それぞれが爆弾のような打撃(破壊)力を発揮するが、鞭が到達する前に小娘の姿は消えている。
「あら、覚醒以来、本人がルディ(人間としの名)じゃなくて、ルーファス(魔皇の名)で呼ばれることを好んでいるみたいだから、そちらを選んだのだけど……何か問題が?」
金髪の小娘はフィノーラの背後に回り込んでいた。
「貴様っ!」
フィノーラは振り返りざまに白鞭を振るおうとするが、それより速く金髪の小娘の左足によって両足を払われ(刈り取られ)てしまう。
「ぬっ!?」
「ほいっ」
金髪の小娘は、両足を払われ一瞬宙に浮く形になったフィノーラに軽く右掌を叩き込んだ。
「あっ、ああああああああぁぁっ!?」
本当に軽く押しただけにしか見えない動作だったが、フィノーラは派手に吹き飛び、壁へと叩きつけられる。
「大丈夫? つい反射的に反撃しちゃったけど……」
金髪の小娘は本気で心配するように話しかけながら、純白のコートを脱ぎ捨てた。
「こ……小娘……もはや許さぬっ! 出よ、デススノーマン!」
フィノーラはいつもの緩い女言葉ではなく高慢な我言葉で怒りを露わにすると、白鞭を思いっきり床へ叩きつける。。
叩かれた床は一瞬で雪原に変わり、雪の中から大鎌を持った雪だるま(二つの大きな雪玉が合体した雪像)が一斉に九体も飛び出した。
「魔皇? ああ、魔王の方ね……」
九体の雪だるまが、様々な角度から緩急の差をつけて金髪の小娘に襲いかかる。
「雪ではしゃぐほど子供じゃないわ……」
パン!といった心地よい音と共に、九体の雪だるまがまったく同時に弾け飛んだ。
「なっ……」
フィノーラは『視た』ものが信じられず絶句する。
「流石は魔王、あたしの動きを目で追うぐらいはできるのね?」
「くっ!」
逃げるように『前』へと飛び出しながら、『背後』へと九尾の白鞭を振るった。
前に居たはずの小娘の姿はなく、背後に居た小娘を白鞭がすり抜ける。
「遅いわ、それはもう残像よ」
「つっ……アブソリュート・フリーズワールド!」
フィノーラは全方位に絶対零度の凍気を放出した。
小娘の動きに体どころか、目すら付いていけないことを自覚し恐怖したからである。
深く考えての行動ではなく、反射的な防衛行動と言えた。
「どんなに速かろうと凍結した世界でなら……」
「……動きが追えないなら、全方位攻撃……その判断……いいえ、本能的行動は悪くないわね」
落ち着き払った声。
「うっ!?」
凍結した世界に、金髪の小娘が平然と立っていた。
背中から大量の光輝を翼のように噴出させながら……。
「光翼!? そんな馬鹿なことが……」
「今のあなたなら、このままで、素手で、充分ね……アデプト……」
小娘が両拳をぶつけ合わせると、金色の輝きが両手に宿った。
「消えなさい、魔王。天地開闢(てんちかいびゃく)の光によって……」
両手の光輝は収束しながら、その輝きと激しさを際限なく高めていく。
「ルーと同じ光輝(力)……あなたいったい!?」
「天!」
小娘は左拳を開くと、フィノーラの方に向けてかざした。
「地!」
腰を捻り、右拳を後方に限界まで引き絞る。
「開闢拳!!!」
「いいい……いやあああああああああああああああああぁぁっ!?」
突きだされた右拳から超巨大な金色の拳が放たれ、フィノーラを呑み込みで大爆発した。



金色の爆発(光輝)は屋敷全体拡がった後、ゆっくりと薄れていく。
光輝が完全に消え去ると、そこには爆発前と何も変わらない景色があった。
いや、変わったことが唯一つだけある、景色の中にフィノーラが居ないのである。
金色の拳の爆発は、家具や建物自体には傷一つ付けずに、フィノーラだけを細胞一つ残さず地上から消し去っていた。
「ふう……一発で消えてくれて助かったわ……」
疲れを吐き出すように嘆息する金髪の少女の背中には、もう光輝の翼は存在していない。
「フィノーラ様っ!?」
「ん?」
金髪の少女が床に落ちていた純白のコートを拾おうと手を伸ばした瞬間、買い物かごを下げたホワイトロリータ(夏使用)の少女が、屋敷に飛び込んできた。
フィノーラに使える剣士(ブレード)型機械人形オーバラインである。
「……正体不明の強大なエナジーの発生……フィノーラ様のエナジーの完全消失……あなたの仕業ですね……フィノーラ様をどうしたのですか……?」
いつもの無感情で機械的な口調とは違う、今にも爆発しそうな感情を無理矢理抑え込んでいるような静かで冷たい口調だった。
「消したけど……いけなかったかしら?」
だったらごめんね……と軽い感じで少女は答える。
例えるなら、おやつを勝手に食べてしまった、おもちゃを勝手に借りてしまった……その程度の悪びれしかないようだった。
「くっ……ああああぁぁっ!」
オーバラインは叫びと共に宙へと跳び上がる。
念のための確認作業は終わり、オーバラインは金髪の少女を明確な敵(仇)として認定した。
「葬刃結界(そうはけっかい)!!!」
オーバラインが鳥のように両手を広げると、無数の白刃(ナイフ)が全身から解き放たれ、地上へと降り注ぐ。
「とっ?」
金髪の小娘は慌てて純白のコートを羽織った。
「避ける隙など与えはしない!  私の白刃は全てを埋め尽くす!」
白刃の豪雨による強制埋葬。
金髪の小娘の姿は、降り注ぐ白刃に埋め尽くされて見えなくなった。
白刃結界が全方位への無差別斉射、殺刃結界が一点への集中砲火なら、葬刃結界は一面への蹂躙掃射である。
約一分後、ようやく白刃の掃射が止まった。
「…………」
オーバラインの眼下には、一切の隙間なく白刃が突き立って床を埋め尽くしている。
「見事な技ね、本当に虫一匹分の隙間もなかったわ」
少女の声は頭上からした。
「なっ……」
天地を逆さにしたかのように、金髪の少女が天井に足をつけて立っている。
不思議なことにスカートやコートは捲れずに、重量に逆らって平然としていた。
「蜘蛛ですか、あなたはっ!?」
オーバラインは再び両手を拡げ、今度は上空に向かって白刃を発射しようとする。
「遅いっ!」
「う゛っ!?」
白刃が放たれるよりも速く、金髪の少女の右拳がオーバラインの腹部に打ち込まれていた。
そのままオーバラインは地上へと叩きつけられる。
「はい、返すわね、あなたのナイフ」
金髪の少女は、床に大の字にめり込ませたオーバラインの上から離れると、左手に摘んでいた五本のナイフを手放した。
五本のナイフは、彼女が白刃の豪雨をすり抜ける隙間を作るために排除した障害物である。
「ふ……ふざけないでください……たった五本抜き取るだけで……道が……できるわけが……」
オーバラインは辛うじて意識こそ保っていたが、もう指一本動かせなかった。
「あたしにはそれで充分なのよ」
金髪の小娘は床を埋め尽くす白刃の上を歩いて、オーバラインから遠ざかっていく。
「……っ……フィー……ぁ……」
オーバラインは主人の名を呟きながら、その機能を停止させた。



「おかえりなさい、ルディ。約十年ぶりね……」
久しぶりに自分の屋敷へ戻ったルーファスを、予想外の人物が出迎えた。
「げっ……」
その人物を一目見るなり、ルーファスは死ぬほど嫌そうな顔をする。
「十年ぶりに再会した肉親に対する第一声が『げっ』なの? それはあんまりね……」
金髪の少女が広間(玄関ホール)の奧の階段に座っていた。
広間の中央にはオーバラインが大の字で埋め込まれ(倒れ)、床一面を白刃の群が埋め尽くしている。
「……どういう有様だ……?」
「そうね……番犬が、あたしがこの屋敷の主人と解らずに噛みついてきて返り討ちにあった……そんなところかしら?」
金髪の少女は細く綺麗な足を組んで、頬杖をついた。
「なるほどな……ところで、もう一匹番犬がいなかったか?」
もう一匹の番犬とは、雪の魔王フィノーラのことである。
「白い魔王なら消させてもらったわ……人形やメイドなら別にいいけど、勝手にあんな魔王(ペット)まで飼わないで欲しいわね……」
「別に飼っちゃいなさい、勝手に住み着いていただけだ」
「そう、なら無問題ね。いいことルディ、これから犬猫を飼う時は、ちゃんとお姉ちゃん(あたし)の許可を取らないと駄目よ。ここはあたしの屋敷なんだから……」
金髪の少女はメッと子供を叱るような仕草をした。
「何がお姉ちゃんだ……あんたは姉じゃなくて叔母……くっ!?」
ルーファスの呟きを遮るように、彼の足下が爆発する。
「誰がおばさんよ!? 誰がっ!? こんなに若くて可愛い子をつかまえて……」
金髪の少女は右手の人差し指でピンピンと虚空を弾いていた。
さっきの爆発は、彼女の指弾(デコピンの衝撃波)によるものである。
「血縁上の叔母だろうが……この体(ルディ)の……」
この物騒な金髪少女の名はティアリス、ルーファスの現世での肉体であるゴールディの母の妹にして、エンジェリック家の真の当主だった。
「子供の頃体に教え込んだはずよ、叔母さんじゃなくて、お姉さんと呼びなさいと……まあ、百歩譲ってお母さんはありよ、あたしの可愛いルディ?」
金髪の少女ティアリスは、幼い容姿には相応しくない慈愛と妖艶の混ざった大人な笑みを浮かべる。
「冗談じゃない……」
「そうね、あなた達の母はあの人だけだものね……」
幼い叔母は、どこか遠くを見るような、懐かしむような目をした。
「……そういう意味で言ったんじゃないんだがな……」
ルーファスは、あんたみたいな女が母親なのは嫌だと主張したつもりなのだが、ティアリスは、母親は本当の母親だけだと義母を拒む子供のような反応だととらえたようである。
「それはそれとして……ヘスティア!」
ティアリスが名を呼ぶと、ルーファスの意志に関係なく彼の左手の甲から金色の光が飛び出し、神剣ライトヴェスタの女神形態(人型)をとった。
「……ティ……ティアリス様……」
光の女神(ヘスティア)は、ティアリスの前に跪いて震えている。
「あなたとはまだあの時の話がついていなかったわよね? あたしのルディに勝手に手を出したこと……まさか、たった十年で時効とか思ってないわよね?」
ティアリスは怖いほど優しく微笑んだ。
「ひぃぃ……め、滅相もありません……」
普段常に落ち着き払った態度を崩さないヘスティアが、親に叱られる子供のようにビクビクッと震えている。
「そう、それならいいわ。別にあなたと『契約』したせいで、天使のように無垢で愛らしかったルディが、くそ生意気なルーファスに覚醒してしまった……ことは大して恨んでいないから……そんなに怯えなくてもいいのよ?」
「うぅぅ……はいぃ……」
ティアリスのその発言に、ヘスティアはますます恐怖に打ち震えた。
この女主人(ティアリス)は明らかに嘘を吐いてる。
嘘というより、優しい言葉の中に鋭い棘と猛毒が含まれていて、ヘスティアを容赦なく責め立て苛んでくるのだ。
大して恨んでいないわ(死ぬほど恨んでいるわ、一生許してあげないから)。
そんなに怯えなくてもいいのよ(もっともっと惨めに震えなさい、震えて死ね、この売女!)。
ヘスティアには、ティアリスのモノラル(建前)とステレオ(本音)が二重音声で聞こえてくるのである。
「別に、我が家の家宝のくせに当主であるあたしを選ばなかったことはいいのよ……あたしも剣(あなた)を大して必要としていなかったしね。でもね、いい歳した女(大年増な女神様)が何も知らない子供に手を出すのは犯罪よ! 犯罪! このショタコン(少年性愛者)!」
いつの間にか建前が本音によって埋め尽くされていた。
「…………」
ヘスティアは目線を合わせないように顔を伏せ、ひたすら震えている。
「……何? そのあなたにだけは言われたくありませんって顔は!?」
「ひぃぃぃっ! してませんしてません! そんな顔してません! 例え思っても顔には出しません!……あっ!?」
伏せていたヘスティアの顔が見えるわけもなく、例え見えたとしても表情に出てなどいなかった……のだが、ヘスティアは怒鳴られた恐怖のあまり、咄嗟に弁明しようとし墓穴を掘ってしまった。
「そう……顔には出していないけど、心ではそう思っていたのね……」
慈愛に満ちた優しげな笑顔のまま、口元だけが邪悪に禍々しく歪んでいく。
ティアリスが眼前で右手を握り締めると、爆発的な金色の輝きが拳に宿った。
「いっぺん死んでみる?」
「いやああああっ! それだけはお許しください、ティアリス様ああぁっ!」
ヘスティアは額を床に擦りつけて、必死に許しを請う。
「大丈夫よ、光(あたしの拳)で光(あなた)は消えはしないわ……ただ死ぬほど……いいえ、死んだ方がマシなほど痛いだけよ……」
「やああああああああああああああああっ!?」 
光輝の幼天使(ティアリス)は、どこまでも優しくどこまでも邪悪にニヤリと嗤った。








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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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